3.相続財産


民法では、相続人が承継するものは、相続開始時に 「被相続人の財産に属した一切の権利義務」と定めています。相続財産には、プラスの財産(不動産、預貯金等、株式などの有価証券など)、マイナスの財産(借金、保証債務等)、その他契約上の地位などもあります。
「被相続人の一身に専属したもの(たとえば国家資格など)」は相続財産にあたらず、祭祀財産(墳墓、祭具等=位牌や仏壇等)や遺骨なども相続財産ではありません。

■ 相続財産の具体例
  1. 不動産
  2. 現金/預貯金
  3. 有価証券(株式、社債、国債等)、投資信託等
  4. 不動産賃借権(借地権/借家権)
  5. 動産(自動車、貴金属、書画骨董他)
  6. ゴルフ会員権
  7. その他(損害賠償権、著作権、特許権など)
  8. 債務(借金、未払いの公租公課、連帯保証他)
  9. 配偶者居住権(2020年4月1日施行)→ 遺贈、遺産分割の対象になります。詳しくはこちら
 など

■ 民法でいう相続財産と相続税法上の「みなし相続財産」について
生命保険金や死亡退職金などは相続税法上「相続または遺贈により取得したものとみなす」として課税の対象とされ、「みなし相続財産」と呼ばれるため、民法でいう相続財産と混乱することがあります。
生命保険金や死亡退職金は、被相続人の死亡により受け取るものですが、生命保険金は生命保険契約により、死亡退職金は雇用契約により、直接、受取人や受給権者に支払われるもので、被相続人が相続開始時に有した財産=相続財産ではありません。
相続財産は、遺言がなければ相続人の共有財産となり、相続放棄をすれば財産を取得することができないばかりか代襲相続もなくなります。しかし、生命保険金や死亡退職金は相続財産ではないので、相続放棄(はじめから相続人でなかったことにする)をしても、受取人や受給権者の固有の権利として受け取ることができます。

■ 相続財産を修正するものに特別受益と寄与分があります
相続人に対する生前贈与は相続財産の「前渡し」(特別受益)と考えられますし、被相続人が事業を行っていた場合、相続人の一人が事業を助け、相続財産の形成に貢献してきた(寄与)という事情があるとき、それらを考慮して、相続財産を修正します。

このように、相続財産については注意を要することがありますので、以下で整理をしてみます。

生命保険金 生命保険金は、生命保険契約により保険料を支払う保険契約者と保険会社との間に締結された受取人のためにする契約で、被保険者に保険事故(死亡)が発生したら、受取人が生命保険金を請求する権利を取得するものです。したがって、被保険者の死亡を原因に生命保険金を受け取りますが、相続によって取得したものではなく、指定を受けた受取人の固有の権利なので、相続財産には含まれません。これは、受取人が「相続人」と指定されている場合も同じです。ただし、次の場合は相続財産となりますので注意してください。
【相続財産となる場合】
  1. 保険契約者が被相続人で、受取人も被相続人となっている場合
  2. 生命保険金以外にめぼしい財産がなく、しかもその保険金が高額なため、相続人間の衡平をはかれない場合には、特別受益とされ、持戻しにより相続財産に組み入れられる場合があります。また、貯蓄性の高い保険と掛け捨ての保険では判断が異なります。個々の事案によります。
死亡退職金 死亡退職金の受給権者は、法令や就業規則などに定められていて、その多くは支給基準や受給権者の順序も定めています。遺族の生活保障を重点的に考慮されているため、内縁の妻が受給権者となることもあります。このように受給権者が定まっている場合は、遺族固有の権利で相続財産にはなりません。ただし、受給権者の規定がない場合は、相続財産になることもあります。
遺族給付 遺族年金や葬祭料(葬祭給付)等は、法令等により受給権者が指定されているので、遺族の固有の権利です。
借家権 借家権はその建物に居住しているか否かに関わらず、財産的な価値があるので、相続財産となります。したがって、相続が開始し、相続人が複数の場合は、相続人の共有となります。ただし、被相続人とその建物で同居し、その後も引き続き住み続ける相続人がいる場合は、他の相続人が明け渡しや同居を求めるには、その理由の立証が必要です。
同居していた者が内縁の妻だった場合は、内縁の妻には相続する権利はありませんが、判例は相続人や賃貸人の明け渡し請求に対しては、長年暮らした内縁の妻には居住権を認めて保護しようとします。なお、被相続人に相続人がいない場合は、内縁の妻であった同居者がその建物の賃借権を継承することができます(借地借家法36条)。
ゴルフ会員権 預託金会員制・株主会員制・社団法人制ゴルフ会員権に大別され、いずれもゴルフ場や付帯設備の優先利用権を有します。ゴルフ会員権のほとんどは預託金会員制ゴルフ会員権です。ゴルフ会員権の場合、会則や運営規則に相続に関する規定が定められているので、確認が必要です。
保証債務 保証債務も財産上の義務ですから、相続することになります。
  1. 借金の保証:被相続人に代わって相続人が払うことになります。
  2. 賃借人の保証:被相続人に代わり、滞納家賃を払うことになります。
  3. 身元保証:多くの裁判例は、相続しないと判断しています。
  4. 信用保証:保証人の死後に生じた債務は相続人は負担しないとされています。
3や4の場合のように、債務額が一定していないような債務の保証人になった場合は、その保証債務は相続人に承継されないと考えられています。ただし、既に債務額が決まっていたり、限度や期間に制限があれば、相続されることがありますので注意が必要です。

香典/弔慰金 香典や弔慰金は、慣習上、喪主や遺族への贈与であり、相続財産とはなりません



 

特別受益
 


被相続人から遺贈や生前贈与を受けた相続人がいた場合、この遺贈や生前贈与のことを「特別受益」といいます。相続財産に特別受益を組入れ(特別受益の持戻し)、これらを考慮して相続分(価額)を決め、相続人間の公平をはかるという考え方です。そこで、生前贈与により得た財産を相続開始時の財産に加えたものを相続財産とみなして、それに法定相続分(割合)や遺言により指定された相続分(割合)をかけた額から、遺贈や生前贈与の額を引いた金額を遺贈や生前贈与を受けた人(特別受益者)の相続分(価額)とするものです。

特別受益は遺贈と生前贈与とに規定されていますが、その他にも特別受益とされる場合があります。
遺贈 遺贈は、遺言によって遺言者の財産の全部または一部を無償で譲渡することです。遺贈は目的に関わりなく、包括遺贈も特定遺贈も特別受益となります。
生前贈与 生前贈与は、次の場合、特別受益となります。

  1. 婚姻または養子縁組のための贈与持参金や支度金は一般的には特別受益とされます。ただし、その額が小額で被相続人の資産に照らして扶養の一部と認められるような場合は、特別受益とならないと解されます。結納金や挙式費用は特別受益とならないとされます。
  2. 生計の資本としての贈与具体的には、居住用不動産の贈与、その購入のための金銭の贈与、営業資金の贈与等、独立のための資金と認められるようなものが特別受益となります

※ 学費
高校の学費や高校卒業後の学費は、私立大学医学部の入学金のように特別に多額でない限り、特別受益とは解されません。ただし、被相続人の資産、他の相続人との比較などを考慮して判断されます。
その他
  1. 生命保険金
    生命保険金は、原則は特別受益にならないと考えられています。保険金受取人である相続人と他の共同相続人との間に著しい不公平がある場合は、特別受益となることがあります。その場合は、保険金の額、その額と遺産総額との対比、被相続人と保険金を受け取った相続人、他の共同相続人との関係等、様々な状況を考慮して判断されます。
  2. 死亡退職金
    特別受益となるかどうかは具体的な事案にそって判断されます
  3. 借地権
    被相続人の持つ借地権を、相続人の1人が生前に譲渡を受けていた場合、相続人が借地権の評価額を支払っていなければ、特別受益になります。
  4. 債務の肩代わり
    相続人の債務を肩代わりして支払ったような場合は、肩代わりした金額が相当な額で、その相続人に対して求償権を行使せず放置したり、免除した場合は特別受益となる場合があります。
※相続人全員に同程度の贈与があったときは特別受益にはならないとされています。

■ 特別受益の持戻し
特別受益があった場合、特別受益分を相続財産に加えることになります。相続財産に生前贈与により取得した財産を加えることを特別受益の持戻しと言います。遺贈は相続開始時に現存するので相続財産に加えません。
 
持戻しの対象となるのは、次の場合です。
持戻し対象 ■ 受贈者が相続人の場合
  • 相続開始前の10年の間に受けた生前贈与で特別受益にあたるもの
ただし、当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知って行ったものは10年より前のものも算入される。また、不相当な対価をもってした有償行為で、当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知って行ったものは正当な価額との差額が算入される(負担付贈与の扱い)。
■ 受贈者が相続人以外の場合
  • 相続開始前の1年の間に受けた生前贈与
ただし、当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知って行ったものは1年より前のものも算入される。また、不相当な対価をもってした有償行為で、当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知って行ったものは正当な価額との差額が算入される(負担付贈与の扱い)。
 
 



修正された相続財産に、法定相続分または遺言により指定された相続分を掛けて相続分(数額)を算定します(算定された相続分)。その後、生前贈与された額と遺贈額を控除し、残額があれば特別受益者の相続する分となります。ただし、算定された相続分(数額)から生前贈与や遺贈の額を控除した結果、等価またはその額を超えていても、特別受益者は生前贈与や遺贈を返還する必要はありません。

計算の具体例はこちらをご覧ください

遺言により、特別受益の持戻しの免除をすることが可能です。ただし、持戻しを免除する遺言も遺留分を侵害する限度では、無効となります。



 
   

寄与分


相続人の中に被相続人の財産の維持・増加に特別の寄与(特別な貢献)をした相続人があるときに、その人に相続分以外に相当額の財産を取得させて、相続人間の公平を図る制度です。その特別の寄与に対する相当額を「寄与分」といいます。

被相続人の財産の維持または増加についての「特別の寄与」とは、次のケースです。

特別の寄与
  • 被相続人の事業に関して「労務の提供」または「財産上の給付」
  • 被相続人の療養看護その他

この「特別の寄与」といえるには、夫婦間の協力扶助義務、親族間の扶養・互助義務の範囲を超えるような行為で、被相続人の生前にさなれたものに限ります。また、財産の維持や増加に貢献することが要件になりますから、精神的な援助や協力は寄与とはなりません。被相続人から業務の対価(報酬等)を受け取っていれば、それは寄与と認められません。
 
寄与分を認められた場合の相続財産は下図のように修正されます。

■ 寄与分の扱い


相続開始の時に有した財産の価額から、共同相続人が協議して決めた「寄与分」を控除したあとの財産を相続財産とみなし、それに法定相続分(割合)や遺言により指定された相続分(割合)をかけた額に寄与分を加えた額を「特別の寄与をした相続人」の相続分とします。ただし、寄与分は、上の図からも判るように、遺産の総額から遺贈の価額を控除した額を超えることはできません(寄与分は遺贈分を侵害することは出来ません)。

寄与分は各相続人が遺産分割協議で主張することになります。協議が整わない時や協議をすることができない時は、家庭裁判所に寄与分を定める処分調停を申立てます。寄与分を定める調停が成立しない時や寄与分を定める審判の申立があれば、家庭裁判所は寄与分について審判します。ただし、寄与分の審判には、遺産分割の審判申立がなされている必要があります。


 

特別寄与者


2019年7月1日以降に開始した相続では、被相続人の親族が特別の寄与(特別な貢献)をした場合に特別寄与者としてその相当額を相続人に請求することが可能になりました。
 
■特別の寄与
特別の寄与
  • 被相続人に対して無償で療養看護その他の労務をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした

■特別寄与者の要件
特別寄与者
  • 相続人以外の被相続人の親族
    ・相続を放棄した人、民法第891条該当者、相続廃除された人は含まれない。
    ・親族とは6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族
 
■特別寄与料について
■ 金額の算定と請求 金額の定め方は、当事者間の話し合いで解決できればそれで問題ありませんが、協議が不調に終わった時や、そもそも相手方が協議に応じない時は、家庭裁判所に「特別寄与に関する処分の調停申立て」を行います。申立書を提出する裁判所は、請求の相手方である相続人(相続人が複数いる場合はそのうちの1人)の住所地を管轄する家庭裁判所、または当事者が合意で定める家庭裁判所です。
■ 家裁への請求期限 「特別寄与者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6箇月を経過したとき、又は相続開始の時から1年を経過したときは、この限りでない」とされています。
■ 請求限度額 「特別寄与料の額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができない」とされ、寄与分と同様の限度額があります。
 



  
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